この記事では、日本家族心理学会によって編集され、2019年に初版発行された「家族心理学ハンドブック(金子書房)」の内容を概説しています。
本書は、家族心理学界における著名な人物が各項執筆者・編集委員として名を連ね、1980年代発足から現在に至るまでの家族心理学の実践と研究を紹介した、全ての家族心理学研究者にとっての貴重な資料となっています。
家族とは
社会としての家族
社会集団としての多様な家族構造について、歴史的に見た家族の機能の変化や社会・学校における不十分なケアの実態など、社会的に見た現代の家族について記されています。
文化としての家族
人には、個々それぞれに異なる家族観があり、家族形成においてはその家族に適した独自の発達が必要であることが説かれています。
ジェンダーと家族
家制度時代から男女平等時代への変遷の中で未だ残る性差社会の実情と、平等な役割分担への道が家庭からであること等が説かれています。
感情と家族
生と死、食や性といった命の現場を共にする「家族」において、世代をまたぐ不快感情の原因や、必要となる感情の処理方法は必見です。
日本語と家族
グローバル化と日本独自の日本語文化について触れ、特に母子関係の結びつきが強い日本の母子間の相互作用について、あるいは現代家族の対話喪失の現状についても解説されています。
家族心理学の基礎理論
家族心理学とはなにか
家族心理学は20世紀に誕生したばかりの若い学問です。家族発達の心理学・家族システムの心理学・家族カウンセリングなどをふまえ、今後に向けてあらゆる可能性が期待されています。
精神力動論
精神力動論の基礎や、精神分析的観点で家族について重要な概念とされる「エディプス・コンプレックス」などについて紹介されています。
システム論
システム論についての概要、サイバネティックスとの違いや、家族システムの研究視点と臨床的活用法などについて説かれています。
認知行動論
認知行動療法を中心に、家族心理学的アプローチが重要とされる代表的な疾患(不安障害・双極性障害・強迫性障害等)について紹介されています。
ナラティヴ論(物語理論)
ナラティヴとはなにか、または心理療法との関係や社会的背景といった基本的な考え方から、ナラティヴを用いた家族支援について解説しています。
ネットワークと家族
インターネット時代特有の人間関係やコミュニケーションや自助グループの紹介、そして近年話題であるSNSの危険性などに触れています。
脳の発達とアタッチメント
発達心理学・家族心理学において重要性の高いアタッチメント理論について、子どもの脳の発達への影響なども含めて紹介しています。
家族発達と援助
新婚期
新婚期夫婦の理想と現実について、または新婚夫婦特有の課題と危機に触れ、夫婦システムの形成段階で注意すべき点が記されています。
乳幼児を育てる時期
子どもが誕生し、新たな家族関係へ移行する中で、親を取り巻く状況と養育、仕事と家庭、夫婦間のコミュニケーションなどについて解説しています。
学童期の子どもを育てる時期
この時期の子どもと家庭の発達課題について、現代の学童期の子どもが抱えやすい問題と家族に対する援助のあり方などについて記されています。
思春期・青年期の子どもを育てる時期
青年期のアイデンティティ形成と家族とのアタッチメントの関係性、この時期の子どもを持つ家族の発達課題や問題、家族支援の実際や必要性について解説されています。
中年期・老年期
子どもたちの巣立ちに伴う夫婦関係の変化、成人した子どもと老年期の親との役割の逆転や家族間ネットワークについて、家族介護や看取りをめぐる問題についてまとめられています。
現代家族の特徴
多様化する家族
時代の変化に伴い、家族を構成する標準人員数の減少や、超高齢化、夫婦関係や成員の多様化などに触れています。
ワーク・ライフ・バランスと家族
米国に由来し、国家レベルで掲げられた国民のためのワーク・ライフ・バランスですが、その実現が困難な日本の現状が綴られています。
子育て家族の支援
愛着の形成からその連続性についての理論をはじめ、家族システムの中で夫婦関係が子どもに及ぼす影響あるいは子どもが親に及ぼす影響、保護者支援のあり方について記されています。
子どものいない家庭と不妊問題
子どものいない家庭の様々な理由の分類と、生殖医療の現状、そして子どものいない家庭への理解について述べられています。
障害を持つ子どもと家族
障害を持つ子どもの家族のライフサイクルとストレスやきょうだいへの影響、虐待問題や家族機能回復に向けた援助のあり方が解説されています。
児童虐待
虐待の概念と類型についての紹介や近年の傾向、虐待の要因、歴史的経緯や対応と介入についての課題などが記されています。
DVについて
DVの種類・歴史・現状や支援への問題点、被害者への影響と回復について、またはDV防止に役立つアプローチについてまとめられています。
離婚・再婚
国内の離婚の現状と離婚の背景、そして子どもへの影響に触れ、再婚の状況と再婚家庭が抱えやすい課題とこれらの支援について語られています。
家族と貧困
見えづらい日本の貧困について解説され、世代間連鎖や悪循環とそれを断ち切るための施策や支援の実践報告も記録されています。
災害と家族
災害が家族に与える二次災害などの影響と体験談などが記され、理想的な家族支援モデルや今後の課題について触れています。
非行・犯罪と家族
家庭内暴力事件例からみる家庭内暴力のメカニズムや暴力の連鎖、原因となる環境や、それらを緩和しうる親密な人間関係の効果について示されています。
高齢者虐待
高齢者虐待の事例からみる考察、高齢者虐待の現状と高齢者虐待防止法について触れ、心理職に求められる支援について言及しています。
家族療法の理論と技法
家族療法の歴史
家族療法の誕生やその経緯、家族療法研究の成果と実践の相互作用について述べられ、現代の国内における家族療法の発展の様子についても記されています。
家族療法の過程
いくつか存在する家族療法の学派に共通する面接過程の考え方と代表的な理論と、臨床で用いられる技法について紹介されています。
構造的モデル
家族の構造と変化や問題の特徴、家族の内外・世代間境界やパワーの存在についての考え方と、事例からみる介入プランなどが示されています。
多世代モデル(文脈療法)
家族療法の中でも、いつくかの学派に共通して用いられる多世代モデルについて焦点をあて、文脈療法の技法中心に解説されています。
コミュニケーションモデル
家族・周囲と個人の相互作用と捉え、コミュニケーションパターンに介入する「コミュニケーションモデル」のについての詳細を説いています。
解決志向ブリーフセラピー(SFBT)
SFBTの歴史や成り立ち、問題解決やクライエントへの姿勢とセラピストのとるべきスタンスなどが記されています。
心理教育的アプローチ
心理教育の定義と目的の解説や心理教育的アプローチの歴史的背景に触れ、心理教育的アプローチの具体的な内容と実際または今後の展望が示されています。
ナラティヴ・アプローチ
強い絆で結ばれたナラティヴ(語り・ストーリー)と心理療法の関係性の説明から、さまざまな種類のナラティヴ・アプローチが紹介されています。
統合的アプローチ
「統合的エコシステミック家族療法」の考え方についての解説と、「統合的問題中心療法」についての概要が紹介されています。
個別領域における家族支援
保育現場での乳幼児と家族の支援
保育現場で支援対象となる乳幼児の定義と保育相談支援について、または子どもを中心とするコンサルテーションの方法が解説されています。
児童生徒に対する学校臨床における家族支援
スクールカウンセラーの導入についてや、児童生徒に対する支援として行われる保護者面接または家族療法的アプローチについて、その実際の実例などが記録されています。
大学での学生相談における家族支援
精神疾患の好発年齢とされるこの時期には、学生相談と家族の関わりが認められています。ここでは、家族臨床と学生相談の交点についてまとめられています。
社会福祉領域における家族援助
子どもの虐待や子育てに困難を感じる家族への援助とアプローチ方法と、子ども家庭の社会福祉領域における家族援助の課題が記されています。
産業領域における家族支援
労働者のストレスと産業にかかるメンタルヘルスケアについてや、復職支援または支援者の機能的役割など、複数の事例を挙げて解説しています。
医療現場における家族支援
医療現場における他職種との連携を中心に、患者の病気の「見立て」とそれに連動する家族関係の理解や関わりについて説かれています。
非行少年に対する家族支援
事例から見る非行少年に対する理解とその家族の特質を解説し、家族支援の基本について重要なポイントがまとめられています。
犯罪者への支援とその家族
犯罪者(受刑者・被収容者)に対する法改正に伴う支援的取り組みの変化や、家族・社会とのつながり、加害者または加害者家族支援について解説されています。
非行少年・犯罪者の社会復帰と家族
非行・犯罪の促進とも抑止の要因ともなる家族への実践的なはたらきかけと、少年非行・犯罪への対応のあり方について述べられています。
社会的養護
保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童に対する施設養護・里親などの家庭擁護についてのシステムや支援について記されています。
法と倫理
恋愛と結婚をめぐる法と倫理
婚姻から離婚、夫婦別姓や事実婚、同性婚、国際結婚、DV防止法、ストーカー規制法などについて、具体的な法律の内容を用いて解説しています。
出産と家族をめぐる法と倫理
法律における出産と摘出推定について概観し、人口生殖や性同一性障害者の場合の特例と親子関係などについて記されています。
児童とその家族をめぐる法と倫理
プライバシーの尊重・守秘義務・基本的人権を中心に、通告義務や児童虐待防止法の変遷、発達障害の支援について述べられています。
少年非行といじめをめぐる法と倫理
少年非行の時代的推移の様子や攻撃性の質的変容と現代型のいじめについての解説と、それに対する法的あるいは臨床的アプローチについて書かれています。
介護と家族をめぐる法と倫理
介護をテーマに、成年後見制度や介護保険・年金について、高齢者虐待、インフォームド・コンセントについて解説されています。
死と家族をめぐる法と倫理
法における「死」、尊厳死・安楽死やその違法性について、相続制度や遺言についてなどが述べられています。
社会的弱者とその家族をめぐる法
貧困問題を中心とした社会的弱者について、貧困の概念と生活保護制度または生活保護制度が家族関係に与える問題について解説されています。
家族研究法
家族アセスメント
家族アセスメントの概要について、家族関係の図式化の方法や関係性の査定、家族成員間でそれぞれにあるつながりのアセスメントなどが実証研究を踏まえて紹介されています。
調査研究
主要となる家族の調査研究方法について、横断調査・縦断調査・実験的介入の方法を紹介し、実際に行われる研究質問が価値を持つための意義づけについて説明されています。
質的研究
質的研究の説明と、質的研究におけるデータ収集方法やアプローチ方法と分析、テクスト化と評価などが解説されています。
家族療法の理論・技法関する研究
家族療法のセラピー時に応用が可能なコミュニケーション研究についての理論・技法の実証研究が紹介されています。
家族療法の事例研究
日本の家族療法の事例研究の意義に触れ、18歳青年の引きこもりを実践の事例としてステップごとに解説されています。